東京高等裁判所 昭和38年(ネ)2465号 判決 1966年12月08日
控訴人
世多綱市
右代理人
吉岡秀四郎
外二名
被控訴人
志賀竹夫
同
下田千代
同
岩橋勝一郎
同
高柳道生
同
高柳有限会社
右五名代理人
広瀬通
被控訴人
町井久之
右代理人
八並達雄
外一名
被控訴人
落合義男
右代理人
磯崎良誉
外一名
被控訴人
田栗敏男
同
社団法人アメリカン・ソサエテー・オブ・ジャパン
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は
1 原判決中、控訴人敗訴の部分を取消す。
2 控訴人が別紙目録記載の建物について占有回收の訴を提起する権能(民法第二〇三条の擬制的占有権)を有することを確認する。
3 控訴人に対し、被控訴人町井久之、同落合義男は別紙目録記載の建物を、被控訴人田栗敏男、同社団法人アメリカン・ソサエテー・オブ・ジャパンは右建物の一階と三階を明渡せ。
4 控訴人に対し、
(1) 被控訴人志賀竹夫は金二二一万円およびこれに対する昭和三一年八月一七日から支払いずみまで年五分の割合による金員
(2) 被控訴人下田千代、同岩橋勝一郎、同高柳道生、同高柳有限会社は連帯して金一三二万五〇〇〇円およびこれに対する昭和三二年五月一二日から支払いずみまで年五分の割合による金員
(3) 被控訴人町井久之、同落合義男、同田栗敏男、同社団法人アメリカン・ソサエテー・オブ・ジャパンは連帯して金一、二四六万五、〇〇〇円およびこれに対する昭和三九年四月一五日から支払いずみまで年五分の割合による金員
を支払え。
5 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
との判決ならびに右第3ないし5項につき仮執行の宣言を求め、被控訴代理人はいずれも控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張と証拠関係は、左に付加訂正するほかは、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。
控訴代理人は「別紙目録記載の建物(以下本件建物という)は昭和三九年四月一四日に取りこわされて滅失した。よつて損害賠償請求の部分を、前記控訴の趣旨第4項のとおり各控訴人らの占有侵奪期間に応じてそれぞれ一カ月金一五万円の割合により計算した賃料相当額の損害金とその遅延利息の賠償を求めることにあらためる。なお原判決事実欄の第二の二(三)中、『同年八月一七日原告に対し第三者異議の訴を提起したが、これより先同月一五日これを前提とする』とある部分(原判決一〇枚目裏二ないし四行目)を『同年四月一八日原告(控訴人)に対し第三者異議の訴を提起するとともに、右断行の仮処分の執行取消決定を申請し、同年八月一五日に』と訂正する。」と述べた。
証拠≪省略≫
理由
一、被控訴人ら全員に対する確認請求について
控訴人のこの点に関する主張は要するに、占有を奪われた者が侵奪者ないし悪意の特定承継人である現占有者に対し占有回収の訴を提起したときは、民法第二〇三条但書により被侵奪者の占有権は消滅せずその存続を擬制されるので、控訴人は本件建物につきかかる擬制された占有権を有することの確認を求めるというにあるものと解される。しかるに他方、右建物は本件訴訟が控訴審に係属後の昭和三九年四月一四日に取りこわされ滅失したことを控訴人は自認しているのであるから、右滅失当時本件建物につき控訴人のいうところの擬制された占有権なるものを観念しえたかどうかは暫く措くとして(この点は後述する)、控訴人の請求は結局過去の権利関係の確認を求めることに帰し、これが確認の利益を肯定することができない。したがつて右確認を求める部分は不適法として却下を免れない。
二、被控訴人田栗ほか三名に対する明渡請求について
つぎに控訴人は被控訴人田栗ほか三名に対し占有回収訴権により建物の明渡を請求するが、本件建物がすでに取りこわされ滅失している以上、占有侵奪、悪意の承継、出訴期間遵守等のいかんにかかわらず、返還請求権は消滅し、右明渡請求を認容しえないことは明らかである。
三、被控訴人ら全員に対する損害賠償請求について
1控訴人はさらに被控訴人らに対し占有侵奪による損害の賠償として、それぞれの侵害期間中一カ月金一五万円の割合による金員の支払を求めているので、この点について判断する。
民法第二〇〇条第一項は主として沿革理由から占有侵奪による損害賠償請求権をも占有訴権の一内容として規定しているが、その性質は物の返還請求権が一種の物権的請求権であるのと異なり不法行為債権にほかならず、ただそれが占有の侵奪に伴うものであることから、返還請求と同様に迅速かつ簡易な処理が要請され、侵奪のときから一年内という出訴期間の制約をうけるとともに、そのほかの要件効果についてはすべて不法行為の規定に従うべきものであり、したがつてこの損害賠償請求の相手方となりうるのは、故意または過失により占有を侵奪し損害を生じさせた者およびその包括承継人だけであつて、たとえ悪意の特定承継人であつても、占有者からの侵奪に加功していないかぎり、物の返還義務を負うのは格別として損害賠償義務は負わないと解すべきである。
これを本件についてみるに、本件建物の一、二階および中二階に関しては、控訴人の主張によれば、被控訴人志賀、同下田、同岩橋の三名が共謀して昭和三〇年五月二六日控訴人の右建物部分に対する占有を侵奪したというのであるところ、控訴人が右被控訴人らに対して損害賠償請求の訴を提起したのは、被控訴人志賀に対しては昭和三二年七月八日(同日付「請求の趣旨追加拡張の申立」と題する書面の提出)、被控訴人下田、同岩橋に対しては同年八月二日であること記録上明らかで、いずれも法定の出訴期間を経過しているから、右被控訴人らに対する部分は事実の有無を論ずるまでもなくこの点においてすでに失当であり、またその余の被控訴人らに対する部分は、控訴人の主張によると同人らは単に悪意の特定承継人であるというだけであつて、占有侵奪には何ら関与していないものである以上、出訴期間徒過を問うまでもなく(訴提起は控訴人町井に対しては同年八月一六日、それ以外の者に対しては同月二日である)理由がないといわなければならない。
控訴人は、占有を侵奪された者が侵奪者に対して適法に占有回収の訴を提起したときは民法第二〇三条但書により擬制された占有権を有するものとなし、悪意の特定承継人は承継によつて順次占有被侵奪者のかかる擬制的占有権を侵害し爾後継続的に損害を与えることとなるのであるから、損害賠償請求の相手方および出訴期間を前記のように解するのは不合理であり、原侵奪者である被控訴人志賀に対する返還請求の訴が期間内に適法に提起されているかぎり、その後にこれに付随して原侵奪者ないしその承継人に対し損害賠償の訴を提起するには何らの制約もうけないか、あるいは少なくとも被控訴人らの各承継のときからそれぞれ一年の期間を起算すべきであると解しているものの如くである。しかしおよそ占有権は占有の喪失により消滅するものであり、民法第二〇〇条は失つた占有の回復手断をとくに規定したもので、被侵奪者が勝訴して占有を現実に回復したときにかぎり、民法第二〇三条によつて侵奪前から引続き占有権が存続していたとみなされる結果となるにすぎず、もとよりそれ以前に返還請求権を発生せしめる基本権たる擬制的占有権なるものがあるわけでもない(さもないと、もしそのいうところの擬制的占有権を独立の占有権とすれば侵奪者と被侵奪者の双方に同時に二個の互いに独立した占有権が併存することになる)から、侵奪加功者以外の特定承継人が被侵奪者の占有権を侵害するということはありえない。なお物の返還請求と損害賠償請求とはともに占有訴権の内容として一括して規定されてはいても、性質上全く別個独立の請求であるから、前者が出訴期間内に提起されているからといつて、後者について期間の制約を免れるいわれのないことは明らかである。
2ところで控訴人は、被控訴人志賀が被控訴人下田、同岩橋と共謀して昭和三〇年(ヨ)第二、八五八号仮処分の執行に仮託して同年五月二六日控訴人の前記建物部分の占有を侵奪したが、控訴人は同年(ヲ)第一、〇〇一号執行方法の異議により右仮処分執行の取消を得た上、同年八月一一日に同年(ヨ)第四、四八九号仮処分(明渡断行)の執行により一たん被控訴人志賀を退去させ、執行吏保管のもとに控訴人がその使用を許されるに至つたところ、一方控訴人高柳と訴外山本解寿は昭和三一年四月一八日控訴人に対し第三者異議の訴を提起するとともに右四、四八九号仮処分の執行取消を申立て(同年(モ)第四、七五三号)、同年八月一五日執行取消決定を得て同月一七日その執行をなしたため、控訴人志賀は再び前記建物部分の占有を回復したもので、これによつてみれば、被控訴人志賀は昭和三一年八月一七日に新たな占有侵奪をしたともいいうると主張する。しかしながら、いわゆる断行の仮処分は仮処分債権者の現在の危険を除去防衛する手段として紛争解決までの間仮の法律状態を形成実現することを目的とするもので、あくまでも仮定的暫定的性質をもつものであることはいうまでもなく、その執行により被控訴人志賀が現実に建物から退去し執行吏保管のもとに控訴人がこれを使用するに至つたときは、実体法上占有は一時被控訴人志賀から控訴人に移つたと解しうるとしても、後日右仮処分の執行が適法に取消されて執行前の状態に戻り、被控訴人志賀が再度右建物部分の占有を回復したというのであるならば、仮処分の執行されていた間における控訴人の占有はまさに仮定的暫定的なものでしかなかつたのであり、仮処分執行前からその取消に至る前後を通じてこれを一体として観察するときは、仮処分前における被控訴人志賀の占有と仮処分執行取消後におけるそれとは同一性を有し、前後継続した一連の占有であつたというべく昭和三一年八月一七日の取消執行により被控訴人志賀が新たに控訴人の占有を侵奪したと解するのは相当でない。したがつて出訴期間徒過に関する前段の判示は、控訴人主張のような一連の事実によつて左右されないというべきである。
3つぎに本件建物中三階の部分については、控訴人は被控訴人田栗、同アメリカン・ソサエテー・オブ・ジャパン、同町井、同落合らが共謀して昭和三二年五月一二日から二六日までの間に控訴人の占有代理人田村与四郎の右部分に対する占有を侵奪したと主張するが、田村が右被控訴人らに占有を侵奪された事実を認めうる証拠はなく、かえつて<証拠>によれば、控訴人の留守番として本件建物の三階に寝泊りしていた田村与四郎夫婦は昭和三一年一二月下旬頃、当時一、二階および中二階を占有使用していた被控訴人岩橋、同高柳、同高柳有限会社らの代理人堀内正己弁護士に右三階を任意明渡したことが認められる。よつて三階の占有侵奪を理由とする請求も認容することができない。
四、以上のとおりであるから、控訴人の不服申立にかかる部分のうち、確認請求の点は確認の利益を欠き不適法として却下すべく、その余はすべて理由がないとして棄却すべきであり、これと結論を同じくする原判決は結局正当である。よつて民事訴訟法第三八四条により本件控訴を棄却し、控訴費用につき同法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。(近藤完爾 浅賀 栄 藤井正雄)